さあ、夏休みだ!

三澤洋史 

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モーツァルト協会講演会無事終了
 自分的にはとてもうまくいった講演会だった。しかしここまでに辿り着くのは容易ではなかった。7月3日にOB六大学連盟の演奏会が終わり、4日に名古屋に行ってワーグナーとマーラーの練習をした次の日から準備を始めたが、大変な事に気が付いてしまった。 それは、紹介したい曲が多くて、しかもたとえばミサ曲の場合、全部聴かせるわけにもいかないので、どこを聴かせたらいいかと考えて行き詰まってしまったのだ。それで何度もCDを聴いて、紹介したい曲を選び出し、その曲のハイライトの箇所を選び出すのにかなり時間がかかったが、もっと大変だったのは、それらをきちんと配置して、どういうコメントとともに紹介し、全体でどういう話にまとめるかという点だった。
 なるべく無駄なく紹介したいと思うと、僕のスピーチに寄り道は許されない。だから今回はきちんと原稿を作った。僕の場合、話すことがなくて困ることはない。むしろラフな進行表だけで講演をすると、各箇所で雑談に突入し止まらなくなって、結局大切なことが話せないで終わってしまう。

 全く自画自賛だが、今回何がうまくいったかというと、かなり台本の通りに話が出来たので無駄がなく、当初の予定通りに講演が終了出来たという点である。その台本となった原稿のことだが、そのまま使えるくらいきちんと作ったので、このホームページにも予稿集にアップした。だから講演会に来られなかった方も、講演会に来てくれた方も、読んでみて下さい。

 だが反省も残る。紹介する曲は、あらかじめピックアップしておいた音楽ファイルを、台本の順番通りに並べてCD-Rに焼くのだが、そのCD編集に問題があった。もっと本当に聴かせたい箇所だけをピンポイントで選び出しておくべきだった。
特に講演も後半になると時間がなくなってくるので、たとえばハ短調ミサ曲のEt Incarnatus estなどは、長々と続く前奏を聴かせている内にもう次の曲に行きたくなってしまった。フリーメーソンのための葬送行進曲もそう。
まあ、いずれにしても、曲のさわりを紹介するだけしか出来ないので、興味を持ってもらったら、あとはご自分でCDを買ってもらって、じっくり聴いてもらうしかないのだけれどね。このことはすでに講演の初めの方でお断りしておいたのだが、実際に講演の中ではしょられると、
「なんだ、もう少し聴かせてもらわないと、その良さが分からないではないか」
と思った人もいたに違いない。

講演の準備から本番が終わってあらためて感じたことは、モーツァルトの宗教曲という分野は、モーツァルトの中でオペラなどのようにメインというわけでもないけれど、実はかなり重要なのだということだ。モーツァルトの父親のレオポルト・モーツァルトは大司教宮廷に仕える音楽家で、モーツァルトもそれを受け継いだ。つまり、ウィーンに出てきて自由な音楽家となるまでのモーツァルトの職業は、バッハなどと同じような意味で教会作曲家だったということだ。キリスト教の教義やテキストの意味などについても相当深く勉強しているし、あの一見チャランポランな性格の中にも熱い宗教的情熱が隠れているのが、彼の宗教曲の中から感じられる。その面を知らずしてモーツァルトを語るなかれ、とすら言いたくなる。
そのモーツァルトの全ての宗教曲の中で、皆さんに3曲お薦めするとしたら、

モテットExsultate Jubilate踊れ、喜べ、幸いなる魂よKV165 
聖体の主日のためのリタニアKV243
証聖者の盛儀晩課(ヴェスペレ)KV339

です。モーツァルトの宗教曲にあまり価値を見出していなかった人でも、この3曲を聴いたら考えが変わるかもしれません。

どこへいく日本
 僕は基本的にこのホームページで政治の話題を書くのは好まない。僕の興味は音楽だけでなく多岐にわたっているので、読書や映画や宗教的話題など音楽以外のことに触れることは多いのだが、政治のことを書いてつまらない誤解を受けるのも嫌だし、いたずらに敵を作るのも好まないのだ。でも今回ばかりはあまりに腹が立ったのでちょっとばかり書くのを許してもらいたい。

 参議院では自民党が過半数を取って、いわゆる「ねじれ国会」となった。かつて自民党が政権を取っていて、逆の「ねじれ国会」だった時、民主党が参議院で自民党の提案するどの政策にもへそを曲げて、何も法案が決まらなかった事があったが、あの状態に逆戻りだ。あの時の民主党は確かに大人げなかった。だが、これでもし自民党が、「かつての仕返しだ、ざまあ見ろ!」とばかり、民主党の政策にただノーを出して、同じように何も法案を通さなかったとしたら、本当にこの国は終わってしまう。今はそんな子供の喧嘩のようなことをやっている余裕はないのだ。
 僕は決して自民党の敵でもないのだが、今このタイミングでどうしてあんなに自民党に流れたかなあ。まだいろんな党に分散した方がよかった。みんな、そんな簡単な気持ちで自民党と民主党の間を行ったり来たり出来るんだ。とにかく、ここで「ねじれ国会」を作ってしまったのは紛れもなく国民の責任だ。民主主義だからね。国の低迷の責任は国民がみんなで取るのだよ。

 僕が本当に腹を立てているのは、自民党にでも民主党にでも国民にでもなく、マスコミだ。首相になったばかりの菅直人氏の責任問題に触れる発言がもうかなり幅をきかせている。だいたい、この国にはあまりに「やめろコール」が多すぎる。政治だけでなく、何か問題が起こったら、すぐに誰かを辞めさせれば問題が解決すると思っている。仮に菅さんが辞めて誰か別の人が首相になったら、画期的な変革が出来るなんて、まだ誰か信じているのだろうか?ここで菅さんを辞めさせることが本当に国のためなのだろうか?

 マスコミは菅さんの責任を追及している。街頭インタビューで一般人の意見を流す。
「だって消費税がこれ以上上がったら困るから・・・・」
こんな意見ばかり流してどうする。誰だって物価が高いより安い方がいいに決まっている。だけど、どうして菅さんが選挙前にあえて消費税の問題に触れなければならなかったかという理由について言及するのを何故マスコミは避けるのか?何故この国の破綻している財政についてきちんと説明をし、国民の意識をもっと高めることにマスコミは貢献しようとしないのか?
 また、沖縄普天間基地の問題に対しても、どうして日米の安全保障条約のあり方について、きちんとした議論に持って行けるよう国民に働きかけないのか。どこだって自分の側に基地があることを望まない。だからといって沖縄を鹿児島に持っていったら解決するのか?そうやって移転先をたらい回しにしていたら問題は解決するのか?国は本当に国外に移設させる気があるのか?もしこの国から米軍に出て行ってもらいたいなら、どんな交渉をアメリカとするべきなのだろうか?そのためにはどんな代償が必要なのか?このままの日米安全保障体制でそれが出来るのか?
 そこまで踏み込まなければ、だれが首相になっても、何度政権交代しても絶対に絶対にこの問題は解決しないだろう。そこをどうして誰も言わない?
「期待はずれでした」
と語る沖縄の人達の映像を何度流しても、
「こちらに来られるの断固反対!」
という鹿児島市の人達の映像を何度流しても、なんの益もないし、なにもならないだろう。マスコミに関わっている人達はみんな馬鹿じゃないだろうから、そのくらいのことは分かっているんだろう。

 僕は民主党の味方というわけでもないが、菅さんが一度首相になったのだったら、少なくとも一年間はやらせてみるべきだと思う。だって菅さんが今取り組んでいる問題は、まだ菅さんの問題じゃないんだから。遡ってみれば、その前の鳩山さんでもなくて、むしろ自民党の時代から引きずっている問題だろう。
 それにこんな状態でコロコロ首相が替わっていては、もうどこの国からも信用してもらえないじゃないの。鳩山さんがオバマさんにいくらトラスト・ミーと言ってみたって、その後すぐ辞めちゃうんじゃ、トラストしようがないじゃないか。こんな無責任な国と誰が本気で交渉しようとするか。

 とにかくみんな、マスコミのその場その場の日和見的報道に踊らされることなく、冷静に考えて、この国のことを真剣に考えようよ。今からでも遅くないから。

さあ、夏休みだ!
 今シーズンで故若杉弘芸術監督の時代が終わることはこのページですでに書いた。今は、その最後の演目である、高校生のための鑑賞教室「カルメン」の上演真っ最中。今回の指揮者は、以前「オテロ」公演中に腕を痛めて降板したリッカルド・フリッツァに代わって臨時で指揮をした石坂宏(いしざか ひろし)さん。現在新国立劇場の音楽ヘッド・コーチとして稽古場の音楽的全責任を担っている。
「カルメン」を指揮している石坂さんは、さすが長い間オペラ劇場で仕事していただけあって、オーケストラのさばき方、舞台上の歌手とのコンタクト、何か起こった時の臨機応変な対応など、オペラ指揮者の模範のようだ。こういう人が何人も出てくると、はじめて日本のオペラ界も本物になってくるなあ。

 これが今週の土曜日に終わると、新国立劇場に関わる人達は夏休みに入る。来シーズンから尾髙忠明氏の新シーズンとなるが、その幕開けとなる「アラベッラ」の初日は10月2日と遅いので、稽古の始まりも例年よりずっと遅い。だから音楽スタッフ達にとってはいつになく長い夏休みとなる。僕自身にとってみても、今年は例年あった子供のためのオペラ劇場がバレエ「しらゆき姫」になったので、「カルメン」が終わると夏休みに突入するのだ。だから18日からバイロイトに行くというわけだ。

 今「カルメン」の楽屋では、みんな夏休みの旅行の話で盛り上がっている。副指揮者の城谷正博(じょうや まさひろ)君は、バイロイト音楽祭のチケットが当たったというので、家族を連れて渡独し、公演の前後にライン下りをしたりドイツのあちこちを回っていく計画を立てている。彼は僕と同じにトーマスクック(ヨーロッパの鉄道時刻表)を買って、具体的にどこからどこまで何時間かかって、などとやっている。
 ピアニストの小埜寺美樹(おのでら みき)ちゃんの夫婦は、一ヶ月近くかけた大規模なイタリア-スペイン旅行を計画中。もう、めちゃめちゃ盛り上がっているぜ!まあ、普段本当に休む暇もないほど忙しく仕事しているからね。こういうのも必要だ。
 彼らスタッフみんな、本当に優秀な人達が集まって、素晴らしい仕事をしている。仕事場に来るだけでもスケジュールいっぱいなのに、その上、空いている時間で練習したり準備をしたりしなければならない。その時間は半端じゃないのだ。僕たちが自宅の準備も全て仕事として数えるならば、間違いなく過労死しそうなモーレツ・ビジネスマンと同じくらい働いているよ。だからバカンスは必要なのだ。

 さあ、そんなわけでみんな「カルメン」が終わるとしばらくお別れだ。新国立劇場合唱団のみんなもそうだね。オペラの練習や公演っていつもそうなんだけれど、今回の「カルメン」もいろんなアクシデントがあったが、その度に、何度も公演に出ていて舞台の隅々まで知り尽くしている合唱団のメンバー達が率先して、ソリスト達をフォローし助けてくれた。
 僕が今とても嬉しいのは、新国立劇場合唱団が、音楽的クオリティだけでなく雰囲気の良さも高いモチベーションも持った素晴らしい合唱団になっていること。僕は自分の生涯で、このような合唱団を持てたことを心底誇りに思っている。

 みんな次のシーズンまで元気でね!このホームページの更新もちょっとお休みします。僕は7月29日に日本に帰ってくるので。次の更新は8月2日となります。恐らく、久し振りのバイロイトの様子や、バッハゆかりの地の探訪など、いろんな盛りだくさんの記事となると思います。では。



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