今日この頃~スキーに憧れながら宗教本を読む
スキーに行きたくてウズウズしている。12月10日土曜日の白馬五竜スキー場のホームページを開いたら、アルプス平スキー場のグランプリ・コースがオープンということで、みんなが「それーっ!」という感じで、水をぶちまけたように滑り出す画像がウケた。
グランプリ・コースは、頂上から滑り出す、それなりの斜度もある広大な中級コースのゲレンデ。天気の良い日には、まわりの山々やふもとの街の景色が圧巻で、それを見ながらカーヴィングでキュイーンとスピードを出して滑降すると、クリスマスの晩にGloria in excelsis Deo !と叫んで天に舞った天使たちのひとりになったような気分を味わえる。
早く味わいたいな。キュイーーーーン!
グランプリ・オープン
空海はすごい
東響とノットの素晴らしい関係
12月6日火曜日。ミューザ川崎シンフォニーホールに行く。ホールでは、すでに東京交響楽団が練習していて、ちょうど休憩に入ったところ。僕は、指揮者のジョナサン・ノット氏のところに挨拶に行き、それから、今回ドン・アルフォンゾ役で出演するバリトン歌手のサー・トーマス・アレン氏と打ち合わせをした。
モーツァルト作曲、歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」演奏会形式に、新国立劇場合唱団16名(各パート4人ずつ)が共演して、僕が合唱指揮者として関わることは前々から分かっていたが、果たして合唱団はどの程度演技をつけるのか、つけないのか、裏コーラスもあるのをどうするのか、事務局に聞いても誰も分からなかった。
稽古が始まる数日前、事務局に問い合わせたら、
「ジョナサン・ノット氏はすでに来日しているのですが、この公演のステージングを、ノット氏は全てトーマス・アレン氏に任せているので、実際はオケ合わせの日にならないとなんとも言えません」
とのこと。
暗譜かどうかの指定もなかったので、合唱団の中には、
「覚える必要ないの?」
と聞いてきた者もいたが、僕は、
「いやいや、練習が始まってみたら、やっぱり多少演技らしいものをつけよう、となるかも知れないし、それにそもそも、僕たちはオペラ劇場の合唱団なのから、たとえ譜面見てもいいと言われても、お互い顔を見合わせたり、ソリストにリアクションするとかするべきでしょう。だから暗譜!絶対暗譜!」
と、暗譜を強要した。
案の定、打ち合わせしてみたら、アレン氏は何気なくこう切り出す。
「あのね、最初の『なんて素晴らしい軍隊生活』の合唱なんだけど、誰かひとり僕からお金を受け取る人を選びたいんだが・・・。その人が他の合唱団員を呼び込むんだ。ドン・アルフォンゾから雇われた軍隊の歌を歌うにわか仕立ての合唱隊っていう設定さ」
と言うではないか。なんだ、やっぱりバリバリ演技がつくんじゃないか。ああよかった、暗譜にしておいて。
休憩が終わってオケ合わせになった。どうやらノット氏は、今日の練習は第1幕だけに集中するらしい。アレン氏をはじめ、ソリストたちはオケの前でどんどん普通のオペラ公演のように動いている。客席の一番前には3台のモニター・テレビが設置されていて、指揮者より前にいる彼らは、そのモニター・テレビを見ながら合わせている。
突然ノット氏が客席の方を振り向いて、僕に向かって、
「合唱稽古さあ、オケなしでもいいかなあ?」
と言いだした。言っていることの意味が分からず、はあ?と思って固まっていると、マネージャーが飛んできて、
「もうこれでオケ練習を終えて、楽員たちを家に帰したいと、さっきも言っていたんですよ」
と言うではないか。僕は、客席から叫んだ。
「ピアノかなんかで練習するんですか?」
「僕がこれ(レシタティーヴォを自分で弾いているハンマー・フリューゲル)を弾くよ」
「分かりました」
それで、すぐに歌手たちを帰して、序曲の直し稽古をちょこちょこっとやって、オケ練習は終了。
新国立劇場合唱団のバリトン団員であり、先日のナディーヌで主役のピエールを演じていた川村章仁君は、昔からトーマス・アレン氏の大ファン。彼の「ドン・ジョヴァンニ」のDVDなどは何回見たか知れないという。その彼は、その日、機関車トーマスのTシャツを着てきた。それを目ざとく見つけたアレン氏は、
「あっ、トーマスだ。決めた!君にしよう。前奏が始まって僕が呼んだら、君は真っ先に出てくるが、僕に金をくれとせびるんだ。君は雇われ合唱団の元締めというわけね。それからみんなを呼び込む。みんなは、恋人を交換する僕の策略を知っていて、僕(ドン・アルフォンゾ)と目配せしたり、カップルたちを好奇心の目で眺めながら何人かずつのかたまりになって入場するよ。ええと・・・ひとりだけ遅刻する者を作りたいんだけど・・・ヤベエって顔して入ってくる人は・・・あ、君だ!君がいい」
と言って選ばれたのは、「ナディーヌ」でニングルマーチの役を演じた秋本健さん。あははは、ナイスチョイス。こんな風にして、各場面は何事もなく普通のオペラのように演技がつけられていった。新国立劇場合唱団も、言われたことが一回で出来るから、アレン氏もノット氏も大喜び。
東京交響楽団は、素晴らしく生まれ変わっていた。スダーン氏が音楽監督をやっていた時代に、すでに古典的な曲では古楽っぽいアプローチがなされていたが、それが自然な形にノット氏に受け継がれていって、今回でも第1ヴァイオリン6人にコントラバス2人という小編成のオケの音は柔軟性があり、それにエマニュエル君のクラリネットなど木管楽器奏者たちがしなやかに混じる。テンポは総じて速め。トランペットは長いナチュラル・トランペットを使用。僕が東京バロック・スコラーズでめざしている“モダン楽器を使いながらの古楽指向”が目の前で理想的な形で実現されていることに、驚きと喜びを感じた。
12月8日木曜日は、オケ付き通し。通しといっても、合唱団はまだ一度もオケと合わせていない。僕は、みんなを集めて、
「オケはオリジナル楽器っぽく弾いているから、とっても柔らかくしなやか。だから、いつも劇場でやっているコジではなく、なるべく軽く歌ってね。ソプラノはいつもの8割以上出さないで!演技はねえ、演奏会形式だと思って躊躇したり恥ずかしがったりしないで。今日は、まだお客がいないから、一度やり過ぎるくらい無駄に動いてみて。動き過ぎたら言うから」
と指示を出した。
合唱団が出る前に、舞台裏からのドラムロールがある。それは、曲ではなくセッコ・レシタティーヴォのきっかけで出るので、打楽器奏者が緊張していたから、
「レシタティーヴォだからきっかけを掴むの難しいでしょう。僕、慣れているから、キューをあげますよ」
と、キュー出しも自主的に引き受けてしまった。
こういうのは、通常だとおせっかいであるが、オペラ劇場の中は、このようにみんながおせっかいでないと、何かが抜けてしまうのだ。第2幕フィナーレでも、裏コーラスの直前にドラムロールがあり、これは普通に合唱指揮者が振るのが常識。
12月9日金曜日。ノット氏かアレン氏か、どちらが決めたのか知らないけれど、今回の「コジ・ファン・トゥッテ」公演は、完全ノー・カット版だ。それをきいて「ふうん」で会話が終わる人は通ではない。このオペラでカットをしないことは、通常ではまずない。僕も61年間生きてきたけれど、生まれて初めて聴く曲が何曲もあった。
それだけに、上演時間はとても長く。6時半から始まったコンサートが終わったのは10時20分。僕の家は川崎から南武線で一本なのでラッキーと思っていたけれど、この時間になると、登戸行きや稲城長沼行きが多くなって立川行きがなかなか来なくて、家に着いたのは、ほとんど深夜であった。ワーグナーか、と思った。
しかしながら、コンサートは、近年聴いたオペラの中で最高ではないかと思うほど素晴らしかった。通の人の中には、その長さでさえ「お得」と感じた人も少なくなかったであろう。
アレン氏以外のソリストたちは、総じてやや小粒ではあるが、なんといってもアンサンブルがまとまっていて、さらに、それがフレキシブルなオケに包まれて、全体のユニット感が魅力だった。いいモーツァルトを聴くという至福の時間であった。いいなあ、またやりたいな。こういう演奏会。
東大と「月光とピエロ」
さて、「コジ・ファン・トゥッテ」は、実は11日日曜日15時から池袋芸術劇場で2度目のコンサートがあったが、僕はこの仕事の発注を受ける前から、東大音楽部合唱団コールアカデミー演奏会に出演することが決まっていたため、池袋には残念ながら伺うことは出来なかった。とはいえ、舞台裏でのドラムロールや裏コーラスを指揮する業務は、誰かがやらなければならなかったので、そちらは新国立劇場に出入りしている指揮者の根本卓也君に変わってもらった。
そんなわけで、11日はコールアカデミー演奏会。僕は、ここのところ毎年、この演奏会の中で、現役とOB合唱団であるアカデミカ・コールとの合同ステージを指揮させてもらっている。今年の演目は、清水脩作曲、男声合唱組曲「月光とピエロ」。
今回の演奏会場は、なんと東京大学本郷校舎の中の安田講堂なのだ。考えてみると、僕は、これまでの生涯の中でただの一度も東大の本郷校舎に入ったことがなかった。そこで、iPhone片手にあたりを散歩した。後で、妻が車で来たので、開演前にもふたりでゆったりと散策した。空は真っ青な快晴。それだけにとても寒かったが、とにかく敷地が広いのと、あたりの建物がみな由緒正しい歴史的建造物なので、驚くことの連続。いやあ、さすが東大!
赤門
三四郎池
安田講堂