継続は力なり~「トリスタンとイゾルデ」初練習

三澤洋史 

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ある朝の風景
 10月18日月曜日早朝。顔に当たる空気が寒くて目が覚めた。孫の杏樹が母親の志保の布団から抜け出て、走って僕のベッドに潜り込んできた。
「じーじんとこ、あったかい!」
いやいや、杏樹の体の方があったかい。ふたりでくっつき合いながらぬくぬくしていたら、妻が隣で、
「そろそろ起きなさい」
と言う。
「いやだ、寒い!」
と杏樹。
すると、志保が隣の部屋から着替えを持ってきた。
「ほら、お布団の中で着替えちゃいな」
ぐずぐずしているので、僕が布団の中でパジャマを脱がせてズボンやシャツを着させる。志保が叫ぶ。
「自分で着替えなさいよ・・・全く、じーじも甘いんだから」

 次女の杏奈が、仕事が休みなので遊びに来ている。7時過ぎ。志保が運転して杏樹が通うシュタイナー学校に連れて行くのだが、そこに僕と杏奈が便乗する。校門の前で志保と杏樹と別れ、僕と杏奈はそのまま多摩川沿いの土手に登って、まずは杏樹が校庭を通って自分の教室に辿り着くのを見届ける。
 それから、上にモノレールの走っている立日橋を渡って日野側に行き、土手をずっと二人で散歩して、石田大橋を渡って家に帰ってくる。途中の会話が楽しい。彼女はメイクアップ・アーティスト。僕はメイクのことはさっぱり分からない。分からなくても楽しい。
 家に着くと、車を運転していた志保はすでに帰っていて、ピアノを練習している。リヒャルト・シュトラウスの「影のない女」のプロダクションが始まるので、一生懸命さらっている。ピアニストって大変だなあ。R・シュトラウスのオペラって、「薔薇の騎士」にしても「影のない女」にしても、合唱指揮者として関わっていると、合唱の分量はあまりないし、難しくもないので、楽で申し訳ないほどだ。

そして、僕はパソコンの前に座って、こうして「今日この頃」を書いている。
しあわせな一日の始まり。 

東京バロック・スコラーズの挑戦は続く
 10月15日金曜日の午後、その日は前の日に続いてプールに行こうと思ったけれど、我慢してビデオの収録と編集をした。去る9月25日に久我山会館で収録した東京バロック・スコラーズ(TBS)のビデオに、僕は自分のレクチャーを加えて、新しく編集し直そうとしたのだ。バッハのモテット第6番と呼ばれるLobet den Herrn, alle Heiden「主をたたえよ、すべての異邦人よ」BWV230を取り上げた。
 軽い気持ちでレクチャーの録画撮りから始めたが、やり始めるとどうもこだわってしまうんだよね。最終的にYoutubeへのアップが終了したのはほぼ夜中。勿論その間には、孫の杏樹とお風呂に入ったり、夕食を食べたり、杏樹を寝かしつけたりするインターバルがはさまっているのだけれどね。

 まずレクチャーからして、舌を噛んだり言い間違えたりして何度か取り直し、そのファイルが出来上がると、いろいろ欲が出て、
「レクチャーに合わせて楽譜を見せたほうがいいよな」
とか、それがちょっとでもレクチャーに当てはまっていないと気になって何度も直したりとか、
「楽譜を見せるなら、後ろで軽く音も流した方がいいだろう」
ということで、かつて2013年に秋川キララホールに籠もって収録したCDの音源を、いくつも切り取ってフェードアウトなどの処理を施してレクチャーに合わせて散りばめたり・・・それからその音に合わせて楽譜も並べ直したり・・・話している内容に対応して説明の字幕文字を入れたり・・・と、まあ、どんどん時間が延びてしまったわけである。

 でもね、正直に白状して、僕はこういうの嫌いじゃない。Youtubeなんて、昨年コロナで暇になる前なんて、まさか自分がそれに手を出すなんて思ってもみなかったけれど、やり出すと楽しい。
 それでたとえば、真生会館の「音楽と祈り」講座がコロナで中止になったので、自分で勝手にYoutube講座を作ったり、「三澤洋史のスーパー指揮法」なども作って、Zoom指揮レッスンも始めた。最初はCyberlinkのPower Directorという動画編集ソフトの無料版を使っていたのだが、すぐに有料版に変えた。すると可能性が広がって、いろいろ楽しくなった。

 レクチャーの後に組み入れた肝心のTBSによる演奏ビデオに関しては、当団のNさんが上手に編集してくれた。僕はそれをレクチャー・ビデオの後にくっつけただけ。当団には、いろいろ優秀な人がいる。たとえば、昨年の最初の緊急事態宣言解除後に初めてTBSが練習を再開した時にも、定員わずか25人しか入れないという練習場にパソコンとビデオカメラを持ち込んでZoomでリアルタイム配信をしようという僕の提案を、今日までKさんがしっかり支えてくれている。


 僕には使命感がある。それは、この東京バロック・スコラーズという団体を率いて、今、このコロナ禍だからこそ、我々のできることを、様々な形で、世の中に向かって発信するべきであると思っている。
 通常の合唱団は、演奏会という形を通してのみ、自分たちの活動を外に向かって発表するが、僕は、コロナのお陰で、演奏会の他にいろいろな可能性があると気が付いた。このレクチャ-と演奏を合体する試みもそのひとつ。その事によって、ただ聴かせるだけではなく、みなさんに少しでもバッハに近づいて欲しいのだ。
 この後、また時間が取れたときに、一緒に録画撮りしたモテット第2番のDer Geist hilft unser Schwachheit auf「聖霊は、我々の弱さを助け起こしてくれる」BWV226のYoutube映像も作ってみようと思っている。

 翌日の10月16日土曜日は、東京バロック・スコラーズの練習。今は、「クリスマス・オラトリオ」の練習をしている。この曲を毎年年末に演奏することは、当団を作った時からの僕の希望である。我が国では、年末というと第九ばかりやるが、ドイツでは各教会で盛んに「クリスマス・オラトリオ」をやるので、年末イコール、クリスマス・オラトリオなのだ。
 それを日本でも定着させたいという想いから、毎年どこかの教会で僕のナレーション付きで抜粋の演奏会を行ってきた。昨年はそれがコロナでできなかったため、初めて録画してYoutubeで配信した。そして今年も録画をする。
 昨年やって映像が残っているのだったら、もう撮らなくていいんじゃないの?という声が聞こえてきそうだが、駄目なのだ。僕は、レクチャー付きのモテットと同じように、その時々のアクチュエルな姿を発信したいのだ。ビデオではあるが、なるべく旬の姿を届けたいのである。
 その収録が終わると、当団はいよいよ2年も遅れた「ヨハネ受難曲」演奏会(2022年6月5日)の準備にかかる。東京バロック・スコラーズの挑戦はこれからも続く。
 

継続は力なり~「トリスタンとイゾルデ」初練習
 10月17日日曜日。愛知祝祭管弦楽団。この一週間ほど、「トリスタンとイゾルデ」のスコアの勉強に集中していたが、いよいよ今日から、来年の8月28日の全曲演奏会に向けての長い道のりの一歩が始まる。今日は第1幕だけ。8月15日のワーグナー・ガラスペシャル演奏会で前奏曲はやったので、水夫の陰歌の後から指揮棒を振り下ろした。

 いつもこのオケは、練習初回の時に、思わず、
「うわあ、下手!」
と思ってしまっていた。
「まあ仕方ないな、アマチュアだからな」
と分かっていても、毎回軽い衝撃を覚えていたものだった。
「今回もきっとそうなんだろうな。覚悟しなければ・・・」
と思いながらアウフタクトを振ったが、音が鳴った途端、
「あれ?」
と驚いた。
 予測が外れた。それらしい音をしている。「心の動揺」の動機なども、臨時記号を間違えてグチャグチャになったりしていない。テンポの変化にもそれなりについてくる。何よりもみんなが「トリスタンとイゾルデ」の雰囲気を掴んでいる。一体これはどうしたことか?しかしながら、僕は、先週自分の原稿でも書いていたことと共通するかも知れないけれど、実は心のどこかで予感していたかも知れない。

 勿論「トリスタンとイゾルデ」は簡単な音楽ではない。しかし僕たちはすでに「神々の黄昏」を経験している。「神々の黄昏」の燦然とそびえ立った山の高みに挑むのは、並大抵のことではなかった。
 「ラインの黄金」から「ワルキューレ」、「ジークフリート」を作曲している間に生み出された、おびただしい数のライトモチーフが、「神々の黄昏」においては、この楽劇で新たに作られたモチーフと共に、隙間なく組み合わされ、張り巡らされ、対位法的に絡み合っていた。
 勿論、「ラインの黄金」から順番に取り組んできたからこそ、それぞれのライトモチーフの持つ音楽的ニュアンスがなんとなく体に入っていたが、それでも、それを描き分けることだけでも困難を極めた。
 また、ワーグナー・チューバなどを含む圧倒的な管弦楽法の技は、ジークフリートの第3幕あたりからますます磨きがかかり、同時にそれは、特に弦楽器において、演奏の難易度を著しく上げていった。
 これも「ラインの黄金」から馴らされていったからこそ、なんとか仕上げることができたが、たとえばチェロなどは、通常のアマチュアオケでベートーヴェンやブラームスなどだけ取り組んでいる人にとっては、
「こんな音型、そもそもどう弾いたらいいの?」
と、途方に暮れてしまうものに違いない。
 
 そんなフレーズに歯を食いしばって立ち向かった軌跡があったからこそ、今回「トリスタン」の練習をしていて、彼らの顔に、
「うわあ、こんなの初めて!」
という表情が浮かぶことがなかったわけである。
 むしろ(弾ける弾けないは別にして)、
「ああ、この手口ね、知ってる」
という感じで、コロナではないけれど、抗体ができているという感じであり、すぐにはできなくとも、少なくとも対処の仕方については心得ているという感じであった。

 そんなわけで、前作からの蓄積がない「トリスタンとイゾルデ」のライトモチーフの数は「神々の黄昏」よりも圧倒的に少ない。いわゆる「トリスタン和音」を初めとする、前奏曲で出てきたモチーフはすぐ分かるし、「死の動機」や「運命の動機」なども、いかにもそれらしい感じで、全体がすっきりと見通しが良い。
 これまで、僕自身がこの楽劇をこんな風に捉えたことはなかったが、団員達も、おそらく僕と同じような感覚を持っていると思う。かといって、
「それでは、もうこの次の演奏会は楽勝だね」
などと思えるようなしろものでないことは言うまでもない。

 ただ、ここから彼らを鍛えていったら、もしかしたら愛知祝祭管弦楽団では、うまい下手は置いといて(笑)、他のどこでも成し得ないような、立体的でかつニュアンスと表情に溢れた、ある意味で理想的な演奏が成し得るのではないか・・・という、捕らぬ狸の皮算用が、僕の頭によぎったのである。

 まあ、あまり大きな事をこれ以上言うのはやめよう。まずは努力あるのみ。でもね、帰りの新幹線で、初回の練習後にしては初めて感じた気持ちがあったことは言っておこう。

それは、「継続は力なり」という言葉を実感したことである。

写真 愛知祝祭のコンマス高橋君とパンに食らいつく三澤
コンマス高橋広君と




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