「ローエングリン」が熱い!

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

国立音大に行ってきました
 先週は、月曜日から土曜日まで毎日、高校生の鑑賞教室「ラ・ボエーム」の合唱指揮者として活動していたが、同時に、合唱の出番が終わってからは、愛知祝祭管弦楽団「ローエングリン」のコレペティ稽古に明け暮れた。

  7月
11日火曜日 マルケ王役の成田眞さん
12日水曜日  国立音楽大学にてオルトルート役の清水華澄さん(教官室で)
13日木曜日  ローエングリン役の谷口洋介さん
14日金曜日  フリードリヒ役の青山貴さん
15日土曜日  再びマルケ王役の成田眞さん

 12日水曜日には、国立音楽大学まで出掛けた。昔、僕が声楽科の学生だった頃に噴水があって、髙田三郎先生がよく長谷川顯さんなどと一緒にキャッチボールをしていたあたりに新しく建った新1号館の2階には、声楽科常勤の教官室が並んでいる。華澄ちゃんに案内されて、教官室を端から順番に歩いて行くと、今をときめく声楽家達、すなわち、加納悦子さん、成田博之さん、望月哲也さんなどが、みんな一生懸命補講をしているのに笑ってしまった。その並びに華澄ちゃんの教官室もあった。国立音楽大学はさらに、この春から青山貴さんも常勤として迎えている。

 東京芸大などは国立なのでもっと厳しいのだろうが、これだけオペラの第一線でバリバリ活躍している現役一流歌手達を呼んでいるのだから、普段の日に学校に来てレッスンをするのはさすがに難しいのだろうね。休校ばかりでため込んだレッスンを、この時期に必死になって補講しているわけだ。午後9時くらいまでやっている人もいるという話だ。
 しかし、グランドピアノがある自分の教官室を持つのって、それはそれでいいよね。僕も大学は、愛知芸大や東京芸大に長年通ったが、2001年から新国立劇場合唱指揮者になったので、常勤という恩恵にあずかったことはついぞなかった。まあ、もう68歳なので、とっくに定年の年。これからもその恩恵にあずかる可能性は万に一もない(笑)。

 そんなわけで、僕も、ゆったりとした環境で、たっぷりと華澄ちゃんのコレペティ稽古ができた。そして、帰りは、モノレールに乗って、立川まで10分足らずで出て、南武線に乗り換え、あっという間に家に着いたよ。昔は、モノレールなんてなかったので、バスで立川に出るのに渋滞すると1時間近くかかったのだよ。便利になったね!

これからの予定
 さて、今日(17日月曜日海の日)は名古屋に行って、13時30分から夜までローエングリン合唱団の練習。だから早朝から起きてこの原稿を書いている。8時頃には、コンシェルジュに送れる予定。家を出るのは9時頃。

 明日の18日火曜日は、再び国立音楽大学に行って、清水華澄さんの補講の時間の合間の10時40分から12時10分で、華澄ちゃん及び(やはり常勤の)青山貴さん(青ちゃん)の重唱のコレペティ稽古。19日は谷口さんと成田さんの稽古
という感じだ。

 7月22日土曜日は、午後から名古屋で愛知祝祭管弦楽団の弦楽器の分奏。夜はエルザ役の飯田みち代さんのコレペティ稽古。23日はオーケストラ練習。
 そして次の7月29日土曜日と30日日曜日になると、いよいよ東京から歌手達を呼んで、オケ合わせとなる。

 コレペティ稽古をしながら思う事は、「ローエングリン」って、ワーグナーがライトモチーフを用いて作曲し始める前の最後の作品だが、これはこれで完成された形式を持っているということ。
 引き延ばされた和音の上に乗っているレシタティーヴォ(朗誦風の歌唱部分)は、インテンポで歌われる必要はないのだけれど、本当に良く書かれているので、まず書いてある音符のように歌ってから、必要に応じて崩していくのが最も近道だ。
 その上で、歌手に要求される陰影やニュアンスの割合が大きいので、ここはコレペティトールの腕の見せ所だ。そのままではノッペリとしてしまう(世の中にそういう演奏が多いけれど・・・)わけである。
 その意味では、ライトモチーフで痒い所に手が届くように管弦楽が表情豊かに支えてくれる方が、歌手にとっては楽なのかも知れない。

本番の8月20日まであと一ヶ月。
たっぷり稽古を積んで、きめの細かい演奏を目指します!

こんにゃく座のルドルフとイッパイアッテナ
会場で偶然秋本健ちゃん家族と遭いました

 以前、この「今日この頃」で、僕が孫娘の杏樹のために、寝る前に本を読んであげる話をして、その中でも「ルドルフとイッパイアッテナ」(斉藤洋著・講談社)を2人で大いに気に入ったという記事を書いた。さらには、その「イッパイアッテナ・シリーズ」全5巻を読み切ってから、杏樹が作者の齋藤洋(本名は齋藤の表記)さんにお手紙を出したら、作者からわざわざお返事が戻ってきたなどという事も書いた。

 その「ルドルフとイッパイアッテナ」が、去年、こんにゃく座によって9月にお芝居として上演されると聞いて、行きたかったのだけれど、どうしてもスケジュールが合わなくて、残念ながら見送った。

 しかし、今年の夏、再び上演し、しかも全国ツワーに出掛けるという知らせを聞いて心が躍った。7月15日土曜日に2回公演と、16日は日曜日13時の1回公演とあるが、15日は、新国立劇場で「高校生の鑑賞教室ラ・ボエーム」最終公演のためにどうしても無理。でも、16日は、僕にとって珍しいオフ日だ。そこで、発売早々チケットを買って、今や4年生になった杏樹を連れて楽しみに出掛けた。

写真 こんにゃく座「ルドルフとイッパイアッテナ」公演プログラムの表紙
ルドルフとイッパイアッテナ表紙


 会場は、小田急新百合ヶ丘駅から歩いてすぐの川崎市アートセンター・アルテリオ小劇場。初めて行ったが、わずか200席のきれいでこじんまりしたホール。開場が30分前の12時半なので、僕と杏樹は駅前のジョナサンでお昼を食べてから12時40分くらいに入った。 入り口は最後列からで、上から見渡したら、客席はもうかなり埋まっている。杏樹が一番前に行きたいというので、ふたりで通路を上から下まで降りて最前列の上手側に席を取った。

 すると、その僕たちの姿を上から見ていたんだろうな。座ってやれやれという僕たちの前に、いきなり、
「ジャッジャジャーン!」
と派手な身振りを伴って現れたのは、新国立劇場合唱団員の秋本健ちゃん!後ろを見ると、ほぼ最後列に奥さんと今や小学校1年生になった笑(えみ)ちゃんがいる。
 勿論ここで遭うのは偶然だ。彼らも、この物語を良く知っていて、早くからチケットを予約していたのだそうだ。この5人で、以前、お正月に川場スキー場に一緒に行ったことがあり、杏樹も笑ちゃんのことを良く知っているのだ。

こんにゃく座の素晴らしい舞台
 さて、劇は間もなく始まった。出演者はたった4人のみ、伴奏はピアニスト1人。舞台上にはペンキが塗られた脚立やそれを繋ぐ板があるだけ。舞台転換というものはない。音楽は、近年合唱音楽で飛ぶ鳥を落とす勢いで有名になった信長貴富氏が手がけている。僕は合唱コンクールの審査員を何度もしている関係で、彼の作風はある程度知っているだけに、まず僕にとっては、これが一番興味があった。
         
風が呼ぶと 朝がこたえ 空が光りだす
    西風 東風 北風 南風
朝になって めざめたら
        明日の風はどんな色
明日の風はどんな色
 
聞こえるだろうか 風の声が
    君の名前を呼んでいる
届くだろうか この歌が
君の名前を呼び続ける 呼んでいる
 
                詩 いずみ凜

 ピアノと4人のアンサンブルから始まった響きがまず新鮮だった。前の日まで新国立劇場で「ラ・ボエーム」にどっぷりと浸かっていたり、「ローエングリン」のコレペティ稽古に明け暮れていた僕の耳には、最初の瞬間だけ、発声的に多少稚拙な印象を受けたが、耳はすぐに慣れて、ほぼノンビブラートの女声2人はきれいにハモっており、男性も含めて、歌唱そのものはしっかりしている。何よりも、あの「ルドルフとイッパイアッテナ」がこういう始まり方をするのがとても新鮮だった。僕だったら、きっともっと濃厚な合唱曲で始めちゃうかもな、と反省さえした。

 ピアノがモード的響きやメージャー・セブンスなどの粋な和音をキラキラさせながら全体を引っ張って行く中で、歌はごく自然に語るように歌われる・・・と思っていると、いつの間にかピアノが止んでそのままセリフになっている。で、またさり気なくピアノが絡み・・・いつの間にか歌になっている。

 いいな・・・あらためて思った。僕はこういう風なやり方で、音楽とドラマが絡み合うものを作りたかったのだ!演じている4人のキャストを初めとして、台本のいずみ凜さん、演出の立山ひろみさん、そして「こんにゃく座」の全ての関係者に、大いなるリスペクトと感謝を捧げたい。

写真 のぶなが たかとみ氏の投稿文章
信長さんの寄稿文章

ミュージカルというものの可能性
 二期会で副指揮者をしていた80年代後半。二期会事務所の片隅に、ミュージカルの現場に歌手や指揮者を送り出しているマネージング部門のデスクがあった。そのマネージャーは、いろんな副指揮者達に声を掛けるのだが、芸大指揮科を出ているようなエリート達は、みんな馬鹿にして見向きもしなかった。その中で僕は、とにかく妻とふたりの子供達を食わせなければならないため、
「何でもやります!」
という感じで、二期会から派遣されてミュージカルの方に出向いていった。

 すると、オペラではタブーとされているようなことが、何の制約もなく行われているのに目を見張った。たとえば、愛の二重唱をするのに、互いに床にゴロンと寝っ転がって向かい合い、頬杖をついて(客席なんか向かずに)互いの目を見つめながら歌うとかを見て、「これこそ舞台表現というものだ。ふたりで正面向いて手を広げて、なんてもう古いんだ!」
と大いに興奮したものだ。
 それで、自分でもミュージカルを書いてみたいと思い、「おにころ」が生まれ「愛はてしなく」が生まれ、「ナディーヌ」が生まれた。

そのワクワク感が、またもや僕の全身を満たした!

 杏樹も食い入るように見つめていて、ドラマの中にグングン引き込まれていくのが横で手に取るように分かる。滑稽な場面では誰よりも早く笑い、手に汗を握るような場面では息をひそめて・・・そして、ルドルフがイッパイアッテナのために、あんなに戻りたかった岐阜の故郷に戻るのをやめた時には、僕もそうだったけれど、そんなにもルドルフにとってイッパイアッテナが大切な存在になっていたことに、かなりウルッときているのが隣にいてよく感じられた。
 そんな杏樹と一緒にこのドラマを味わうことは、この上ないしあわせなひとときだった。誰かと感動を分かち合うということは、人生にとって、あるいは人間の魂にとって、こんなにもかけがえのないことなのだと、あらためて思った。

写真 ルドルフの会場で秋本さん、えみちゃんと杏樹、三澤のスナップ
ルドルフの会場で


 一方僕は、来年6月に新町歌劇団で「ナディーヌ」を上演する。「おにころ」などは、今や高崎芸術劇場で群馬交響楽団と共に上演をして「大きいことはいいことだ!」のような大規模なプロジェクトになっているが、「ナディーヌ」では、かつて「おにころ」も初演した約500席の新町文化ホールで、小編成の伴奏で、もう一度原点に還って、きめ細かいドラマを描き出そうと思う。そのためにも、ここでこうした刺激を受けたのはひとつの運命のように思える。

 バシャールも言うように、
「ワクワクにしたがって行動すれば、次のワクワクを導き出し、人生、思ってもみない展開をしていくが、それはとりもなおさず、どんどん本来の自分に近づいて来る」
というのは、まさに真理だなあ、としみじみ思っている「今日この頃」です。

2023.7.17



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